「おかまの花道」

どの世界にも先輩・後輩という上下関係があると思うのですが、

もちろん私達オカマ世界にもそれはあるのです。

今の私があるのも諸先輩の方々が育ててくれたお蔭だと心から感謝しています。

今年三十歳になる私はこの世界に入ってちょうど十年目・・・

年齢的にもキャリア的にも、サラリーマンでいえば中間管理職的な

ポジションになりました。次から次に若いニューハーフが生まれ、

テレビで中学生の頃私は見てこの世界に入ろうと決めた子もいるくらいです。

 

 先輩からは小言を言われ、後輩からは愚痴を聞かされ、

あまり居心地の良くないポジションなのですが、いつの時代もめぐりめぐって

くるもので、これはしょうがない事だと割り切っていくしかないみたいです。

 私が初めて化粧をして「白い部屋」に出勤した日、先輩のオカマさんに

「汚い子ねぇ、私とお話しないでちょうだいね!」といじめられました。

その先輩とは月日がたち、とても仲良くして頂いたのですが、

入店して3ヶ月くらいは毎日のように嫌がらせや、いじめにあいました。

 けど、今考えると、その3ヶ月はとても大切なオカマとして生きるための

登竜門みたいなものだったと思うのです。

それに先輩がいなかったら、今の私はないと思うほど、

たくさんの事を学ばせていただきました。

例えば、お客様が何を求めてこの店に来てくださっているかを考え商売をしていた事

もしそれが色気だったら良い女に徹し、お酒を楽しく飲みたいお客様には、

綺麗でもバカになり、いろいろなゲームやテーブルマジックなど常に新しい芸を考え

披露されていました。

すべての来店されているお客様に気に入っていただく事は難しい事ですけど、

より多くのお客様に気に入られ楽しんで帰っていただく事が私たちの仕事だと

教えられました。

まだその当時、同伴のベスト3が月末ミーティングの時、表彰され、

賞与がいただける時代で、とても負けず嫌いな先輩は、bPを通すために

並々ならぬ努力をされていたみたいです。

私がbPになろうとしていた月末、そのお姉さんは私の横に来て

「准ちゃん、あんたも入ってまだ3ヶ月しかたっていないのに、よく頑張るわね・・・。」

と言い残し、お姉さんが同伴してズーっと残しているお客様の元に戻りました。

閉店5分前を見計らったように、突然「ヘネシー3本とビール5本下さい。」

と注文したのです。

もしもビールが4本だったら、同着1位、ビール1本千円の差で、私の夢のbPは

なくなったのです。その頃は純粋にbPになってその先輩を見返してやりたい

と思っていたので、やりかたが汚いと思い、ショックでした。

 お店が終わり、昔、働いていた2丁目のホモバーで、大泣きしました。

そこのママは、「准、これが水商売だよ。それだけわがままを聞いて下さるお客様を

持っているその先輩はすごい人よ、負けたら駄目よ!」と、

またしても水商売の先輩に教えられました。

 それからの私は、毎月々胃の痛くなる月末をむかえ、入店半年目で念願のbPに

なりました。私がbPになったからと言うわけじゃないけれど、その先輩はそれから

半年後にお店を辞めました。今では自分のお店をなさっているそうです。

その先輩に限らず、また「白い部屋」の先輩以外でもいろいろと御指導を受けました。

その先輩方には何のお礼もできはしないのですが、私が学んだ事を、伝えていく事

だけだと思うのです。

先輩たちの良いところだけを自分のものにし、また後輩に伝えていければと思うのです

 これからも、オカマの花道を歩き続けるために・・・。



*このエッセイは1998年よりヤンナイに掲載されたものです


-Back-