「ボーダーレス的思想のススメ」

 

 人を好きになるのは、理屈なんかじゃないよね。

どうしてこんな人好きになったんだろうと思うときありませんか?

女性だったら、奥さんの居る男や、自分より収入の少ない男、

身長が自分より低かったり、全然自分のタイプじゃない男と恋愛が始まるケースって

意外と多かったりするのよね。

私たちと付き合う男も、そのケースで、別に最初からニューハーフがタイプという

人は少ないわけだから、たまたま付き合った女が戸籍的には男だったと割り切れる

男じゃないと恋愛は成立しないわけ。

それは私が思うに男とか女というボーダーラインを越え、人として人を好きになれば

ボーダーレスになり、とても自由な恋愛が出来ると思うの。

 でもこのボーダーレス的理想は、なかなか身に付きにくいものです。

どうしても境界線を引きたがったり、○と?しかわかんなかったりする人が

多い気がするの。

まぁ白と黒がハッキリしてる方が、わかり易く過ごし易い場合もあるしね。

けれど白と黒の間には、グレーの微妙なグラデーションが美しく存在するわけだから、

それを認めることだって大切だと思うのです。

だから、ボーダーレス的理想を身に付けている人は、発想も自由で豊かだし、

いろいろな事を素直に受け止める力だってあると思うのよ・・・。

 

 恋愛の話に戻って、例えば一般的男女が別れた後、友情が成立するかどうか?

それはもちろん人それぞれだから答えはないけれど、私の知ってる女友達は、

別れた男とは二度と会いたくないと言うのね。

別れたらもう友達にも戻れないなんて、私には寂しい気がします。

だって一度は本気で好きになった人は、

もう男とか女とかというボーダーラインは関係なく、多かれ少なかれ情けというものが

存在すると思うの。

その情けを愛情から友情に置き換えてもいいと思わない?

私は私と付き合ってくれた男が、今も元気で暮らしていて欲しいという博愛的な

ところが強いみたい。

月日がたち、別れた男から「元気か?」とか電話があったり手紙がくるとすごく

うれしい気持ちになります。

逆に何も連絡がないと、男という性別の女と付き合った事実を後悔してんじゃないかと

少しブルーになったりもするの。

まぁけど久しぶりに電話がありハッピーな気分で話してると、突然「お金貸して」

とか言われていきなり奈落の底に落とされたりしたなんてこともあります。

 

 私は私が一番好きだから、色恋だけじゃなくわたしにかかわる全ての人を

愛したいと思います。まぁあくまでも理想にしか過ぎないのかも知れませんが、

そのためにはまず、男とか女とか、年が上とか下とか、日本人とか外人とか、

金持ちと貧乏とかいったボーダーラインをなくすべきだと思うの。

もちろん時と場合によっては、ちゃんと区別しないといけない場合だってあるけどね。

じゃないと私自身のボーダーレスそのものが存在しなくなるようで怖いのかもしれません。

 

 いろいろなボーダーレスを認めることで、

自分の存在を地面に足を付けて歩けるようになったきがするのよね。

この「ボーダーレス的理想のススメ」は恋愛の時、

わたしにとってとても役にたつ場合があります。

絶対ものにしたい男には必ず「私はたまたま女の形をした男で、人間であることに

変わりはないのよ。だからあなたも人間なら人を好きになるのは理屈じゃないわけだから

私を人間として好きになる力を持っているはず・・・」とまるで洗脳するがごとく、

こんこんと言い聞かせるの。

だいたいその頃にはお酒の力も加わり、その男もボーダーレス的理想になってくれます。

そしてベットインする時も「私はたまたまクリトリスが肥大しただけで、

これはペニスじゃないのよ。だからあなたも人間なら私のこと“クリペニス”も愛する

ことができるはず・・・

ちょっと詐欺しめいた口調になるときもあるのですが、効果は絶大でほとんど

うまくいくのよね。

 このような悪用めいた使い方は良くないと思うのですが、この“ボーダーレス的思想”

はオススメします。

この思想を持つことによって、人が人と出会い、人間として好きになり、愛し、

時を過ごし、もし別れた後でも、きっと友情だって存在するはずだから・・・



*このエッセイは1998年よりヤンナイに掲載されたものです


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