「二十九回目の誕生日」

誕生日というものは、1年に1回しかない自分自身のイベントです。

しかし、水商売のそれは、ただのイベントにすぎず、一大イベントになるのが

この世界の常識・通常のようです。

あるお客様に「何月何日私の誕生日だから来て〜!」と言うと、

「おまえ、韓国クラブや銀座のお姉ちゃんみたいに毎月誕生日やってんじゃないのか?」

と茶化されたりもします。十二月九日、私の二十九回目の誕生日も、

水商売の常識に従って華々しく迎えることが出来ました。

今回は十八組、計五十三名のお客様が私ごときの誕生日に足を運んでいただきました。

ただただ素直に感謝すると同時に、協力してくれた従業員の方々、

そして私がその日一日を酔わずに過ごすように祈ってくれたオーナーに、

この紙面を借りてお礼させていただきます。本当にありがとうございました。

 バブル時代は、誕生日合戦と言っていいくらい、あのホステスには負けたくないとか、

お店はじまって以来の記録を作ると、みんな競い合ったりもしました。

ドンペリにはじまり、ロゼ、クリッグ、ヴーヴ・クリコとシャンパンの泡・泡、

まさしくバブルといった感じでした。

バブルは終わったものの、一昨年の二十七歳の誕生日も三十本ものシャンパンを

いれていただき、私にとって記録的な売り上げを作ったこともありました。

今考えてみると、何がそうさせたのか自分でもよくわかりません。

ただ単に、見栄と虚栄の世界に浸りたかっただけのようです。

 二十八歳のときは、お店を1年辞めていたので、そのイベントも開催する必要は

ありませんでした。前の年まではそのプレッシャーで胃が痛くなる思いだったし、

いつも早く誕生日が過ぎればいいなと思っていました。

けれど、それもないのも意外と寂しいものでした。

お店で働いているからこそ、お客様やみんなが祝ってくれるわけで、

一人で迎える誕生日は慣れてないせいか、私にとってとても空しいものがありました。

お花はその頃所属していたプロダクションから一束だけで、

いつもの胡蝶蘭や花束の山も出来ず、

もちろんシャンパンも口にすることは出来ませんでした。

ただひとつ嬉しかったことは、上京して誕生日なんかに電話もくれたことのない母からの

「おめでとう」の一本でした。

どんなに高いシャンパンよりも、私の心にしみわたり、酔わせてもらいました。

母というのは、本当に不思議な生き物だと実感させられました。

そんな誕生日のエピソードは二十九回分あるのですが、十五歳の誕生日に書いた詩を

この前偶然に読んでびっくりしました。

中学三年の普通とは言わないまでも、まぁかわいい男の子が何を考えていたのだろう・・?

とりあえず記載しますので呼んでください。

 

ピエロの詩

 

さみしさ誤魔化すことは

幼い頃に憶えた

いつも独り誰もいない家に独り

 

甘えることができなくて

 いつも反発してばかり

悲しみ誤魔化すこと憶え

 いつしかさまよい歩く街

 

人は信じちゃいけないと

 誰も教えてくれなくて

信じて、騙され、裏切られ

 心切なく 悲しくて

いつしか人をみるような

 自分がこのごろ恐ろしい

 

人恋しくて彷徨う独り

 街のどこかに誰かを探し

またして逃場に居る自分

 

誰かのぬくもり恋しくて

 見知らぬ、行きずり今日もまた

涙の出せぬ人間になるのも恐れぬ

 今日この頃

 

どこかで自分を待ってる人が

 必ずいると思ってみると

いつしか儚き希望わき

 またして道化の芝居する

 今日も道化の芝居する

 

      一九八四年十二月十二月九日

 

 なんか自分で読み直してみても、早熟だったなぁと思うのですが、

この発想は、二十九になっても変わっていない気がします。

とても複雑な気持ちなんですが、この頃から図 ズーっと私の「ピエロの詩」は

続いてるような気がします。

しかし歳をかさね、姿・形のディティールは変わっても、

私は道化の芝居をし続けるのでしょうか・・・。

私自身にもこれからはわかりません。

いづれにせよ、私にとってのいい歳のとり方をしていきたいと思います。

 



*このエッセイは1998年よりヤンナイに掲載されたものです

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