「大切な命」

 「ある女」が離婚した。毎日のように誰かが誰かと結婚をし、
毎秒のように新しい生命がこの世に誕生し、そして離婚するカップルもたくさんいる。
 
 「ある女」は数年前まで銀座でクラブのママでがんばっていた。
彼とはそこで知り合い、恋に落ちいろいろ悩んだ挙げ句店を閉め、
結婚というゴールを迎えた。
そのゴールは離婚という本当の愛の終わりのゴールを迎える羽目になった。
 「ある女」に、昔のお客様や女友達は『早く忘れるべきよ』とか『またいい男みつかるわよ』と気安く訪い、
おかまの友達は『夢を見てたのよ』とか『最初から無理な話だったのよ』とさも慰め笑うような言葉をかけていた。
私は「ある女」に優しい言葉も笑い慰めてあげることもできなかった。
だって「ある女」は本当に苦しんでいたし、二人の間にどういういきさつがあったかなんて、
当人同士じゃないと分からないことだから、あまりわかったような事は言いたくなかった。
只、私に言える事は『神様はあなたに乗り越えられない問題は決して投げ掛けないから、
ゆっくり先を急がずに乗り越えるのよ』と、まるで瀬戸内寂聴のように優しく声をかけてあげるだけだった。
彼と結ばれ、仕事を捨て彼と別れて家を出された彼女を放っておく事はできず、
私は「ある女」と少しの問一緒に過ごすことにした。
彼女は新しい部屋が見つかるまでということで小旅行程度の荷物を手に私の部屋にやってきた。 
 私は彼女になんの貸しもなければ、ましてや恋心なんて到底芽生
えるわけなどないけれど、只一緒に居てやりたかった。

 彼女と知り合って八年近くになる。
私は、彼女のぶっきらぼうな態度や不器用な生き方、
そして優しい一面もあり人には絶対に媚びないのにちゃんと気遣いのできるところ、
それに人の本質を見ているような姿勢が、どこか私にも似た要素をたくさん特っているようで好きだった。
銀座にいる頃、白い肌に綺麗な項をおしげもなく見せる着物姿はとてもさまになってたし、
イヴ・サンローランのサーモンピンクの上品なスーツを普通に着こなせる彼女には女としての憧れさえ感じた。
特別顔が綺麗でも、スタイルがいいわけでも性格がいいわけでもないけれど、
彼女なりのセンスの良さ、彼女なりの人の良さで物わかりのいいお客様や、
クセのあるお客様や友達に愛されていた。そんな彼女が苦しみ抜いている姿は、
私にとって見るに見てられない気持ちで一杯だった。
とはうものの、本当のところ私も大切な生命を投げ出したいくらい辛い時期を経験したことがある。
その時の顔と彼女の顔はなんとなく私には同じに感じたからだ。
私もたくさんの先輩や友達に助けられ、今こうしてちゃんと大切な命と正面からぶつかり戦い、楽しみ生きていられる。
もし、あの時本当に独りを感じすぎて、独りでいたら・・・。と思うと私は彼女を放っておけなかった。
余計なお世話でも、同情でもなんでもよかった。
只、彼女の話を全部だまって最後まで聞いてあげたかったし、早く楽になって欲しかった。
 
 彼女との毎日はお互い特別に気を使うこ事もなく、気楽に過ごせた。
私達はお茶を飲み、彼女の今までの道程を聞いたり、共通のお客様や友達の話をしたり、
話題を欠かすことなくおしゃべりを楽しんだ。
時折出てくる彼の話のときは、やっぱりまだ時間がかかるようで、
とても浮かない顔をしていた。
 私の休みの日は一緒に食事につき合ってくれたり、
たまには朝まで飲み明かしてお互いのウサをはらしたり、
麻雀で遊んだりしてあっという間に一週間が過ぎていった。
彼女の苦しみや痛みはまだまだ癒されないまでも彼女の顔には少し血が通い始めたような表情が
すこしづつ戻づてきているような気がした。

 彼女は引ごっ越しの決まる前に田舎に一回帰ってくると言って私の部屋をあとにした。
茶飲み友達がいなくなった私は寂しい気持ちになった。
気づいてみると、彼女のいる一週間で部屋は見違えるほどキレイに片付いていた。
洗濯物も汚れた食器の洗い物も、たまることなく過ごしていたのだ。
彼女はそんなことを私が仕事に行ってる時とかに、自然にいやみなく普通にできるいい女だった。
 彼女は彼女の良さをわかる人に愛され守られながら、
大切な生命を彼女らしく生き抜いていくと私は信じている。

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