五年前の夏、母が突然私と会って話をしたいと電話があってから、
私のカミングアウトの問題は始まりました。まず私は母に今の状況を手紙に書き、
ニューハーフであることを打ち明けたのです。
それから再会することになったのでした。
今想うと時間が全て解決してくれたのですが、
あの頃は、まるで人生最大の問題にぶつかったような気がしてました。
 
 前々から親にカミングアウトをしたら連れていきたいと思っていた温泉に、
私は母を招待したのです。
温泉に着くまでの移動中、母の私に対する質問責めは、
何年も音信不通にしてた私への罰ゲームのように過酷なものがありました。
質問の内容も最初は取るに足りないような事から、
だんだん私の心にグサグサとくる内容に変わっていったのです。
整形をしてる私の顔をまじまじと見ては「あんた目は一重だったよね?」とか、
「その胸はシリコンなの? 女性ホルモンなの?」と、
どこでそんな知識を得てきたのか、
普通の主婦が知らないようなことまで間いてくるのです。
事実いろんな所にメスを入れてる顔や体ではあるものの、
心の何処かに、親にいただいた五体満足の体にメスを入れた
という罪悪感と共存してきた私にとって、
その親本人からの質問にどう答えればいいのか戸惑うばかりでした。
結局は開き直りしかなく、「そうよ、整形したのよ。悪いの?」と
強い口調で突っ張るしかなかったのです。
母は強しと言うのでしょうか、「やったことはしょうがないわね」
と聞くだけ聞いてたわりに、あっさりとそう言うのです。
よくテレビ番組でやっている「ニューハーフ、親と子の再会!」のような、
少しは感動的なものがあると期待してたものの、実際はそんなに甘くなく
生々しくドロドロしたものがありました。

 移動中の質問責めに私はクタクタになりながらも、
やっとの思いで宿にたどり着きました。
いつも良くしてくれる宿の女将さんは、母と二人で泊まると予約したものだから
いつもと同じ料金で一番いい部屋に泊めてくれたのです。
ただ仲居さんはいつもの人とは違い、少し勝手が違うようで嫌な予感がしたものの
女将さんには感謝するばかりでした。

 初めて会う仲居さんはよく気遣ってくれるというか、
おしゃべり好きな人で、私たちを部屋に案内しながら
「お母様いいですねぇ、娘さんと親子水入らずで旅行なんて、本当に幸せですねぇ」と、
彼女は私がニューハーフだということを女将さんから聞いてないらしく、
何の疑いもなくそうい言うのです。
母は「え、えぇ・・・・」と口ごもるように対応するものの、居心地悪そうな顔をしてました。
仲居さんのおしゃべりは止まることを知らず、
「お母様、私にも子供が二人居るんですが、二人とも男の子だから、
女同士親子で温泉に来られるってうらやましくて・・・」とか
「やっぱり、もう一人女子の子を産んどきゃよかったわ・・・・・」と、
母の癇に触るような事を悪げもなく言い続けるのです。

 母は再会してから涙ひとつ流さずここまで来たのに、
その時急に今まで堪えていたかのように涙を流しながら、
「この子は、男の子なんです。」と、ぼそっと言いました。
仲居さんは何が起こったのかよく把握できなかったのか、
「お茶のご用意をしていきます。」と言って部屋から出ていってしまいました。
母の涙もやっと止まった頃、「失礼します」と入ってきた仲居さんは
私の顔見知りの人に代わっていて、
「お母様申し訳ありませんでした。准ちゃんごめんなさいね。
今日はよろしくお願いいたします」と言ってくれたのです。
仲居さんも代わり、最高のお部屋で最高のおもてなしに母もやっと機嫌を直し一日が過ぎました。
 その時の母は、私を応援したいという気持ちと、男に戻ってほしいという気持ちが半々で、
「着物とかお店で着るんだったら送るわよ」と優しく言ったかと思えば
浴衣が着崩れ、胸のシリコンが見えそうになると
「そんな胸、早く抜きなさい」と怒ってみたり、
自分の言ってることのちくはぐさも分からず、
ただ思ったことを口にするばかりでした。
母は私と会って、田舎に連れ戻すとかそう言う大それたことではなく
母自身の目でその時の私を確かめたかったみたかったのでしょう。

 そんな母も今ではちぐはぐな事も言わなくなり、
私らしく生きることを望み、応援してくれているみたいです。
また、父や兄妹もそう願ってくれているそうです。

 時間というものは本当に有り難いもので、
いろいろな問題を解決してくれました。
またいつか、母と”女二人ぶらり旅”にでも出かけようと思っています。


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親不孝は親孝行