「母との再会」

母との再会の日が近づくにつれて普通に毎日を過せなくなりました。
只でさえ、一般の方に言わせるとはちゃめちゃな毎日だと思うのに、
もう、はちゃめちゃを通り越し、
めちゃくちゃな日々が続いたのです。
深酒をしたり、ギヤンブルにはまったりと、朝帰りの毎日でした。
再会の日が一日一日と近づくにつれて、
ハラハラとかドキドキという言葉では片付けられず、
胃がズキズキと痛み始めました。
三年振りに会う母にとって私はどう映るのだろうか?
それは綺麗とか、汚いといった外面的容姿の問題ではなく、
親子としてのもっと大きな問題だと思ったのです。
 いよいよ再会前日、何も悪い事などしてもいないのに、
どういう顔をして会えばいいのか、
今更ながら戸惑うばかりで理由もなく、
顔面パックをしたり、ネイルアートの爪にトップコートを塗ったりと
落ち着かない時間が過ぎていったのです。
 再会当日がやってきました。
午前四時に営業が終わり母を空港に迎えに行くまで私は何を思ったか、
落ち着かない自分の気持ちを押さえるため東京に来て
最初に働いたホモバーに飲みに行ったのです。
私はあまりの緊張にビールから日本酒に変え、
いつの間にかその日本酒をカッポカッポ飲んでいる始末でした。
いつも『お母さん』と呼んでいるこの店のマスターは、
水商売のノウハウを私に教えてくれた育ての親といってもいい人です。
 
 「お母さん、私今日、今から本当のお母さんに会いに行くの」

とマスターに言うと、

 「あら、とうとう来る日が来たのね」

と言って、マスターーは私を元気づけようと
マスターの大好きな美空ひばりの歌を次々と歌ってくれました。
働いている時は、うざったかったこの歌声も、
今日ばかりは心にしみ、何か悲しいのでも、
辛いのでも無いはずなのに涙が止まらずこぽれました。
気が付けば、空港まであと一時間で行かないといけない、
ギリギリの時間まで飲んでました。
お会計が終わり、マスターがタクシーまで送ってくれた時、

 「これで、お母さんと何か食べなさい」

と、マスターは一万円札を裸で私に差しのべられたのです。
何か、とても嬉しく高速に入るまでの間、
私の涙は止まる事を知りませんでした。

 ちゃんと空港に母は着いているのだろうか?
もしかするとあの手紙を読み、
もう二度と会わないつもりで連絡をするのさえ止めたのではなかろうかと、
とても不安でした。

 酔いが醒めてないせいか、母に会えるという熱い想いと、
こみ上げてくる生理的なゲロと戦いはじめ気持ち悪くなってきました。
到着から10分たっても母らしい人はみあたらず、
時間の経過も忘れた頃に、やっと母は私の座る席の前に立ち
「行くわよ!」
と一言だけを残しタクシー乗り場に向かったのです。
母は私の顔を凝視する訳でもなくさっそうと歩いて行きました。
なんとなく拍子抜けした私も、
幼い頃の様に母の後をトコトコと歩き車に乗ったのです。
その間、交わす言葉もなく、なんとなく緊張した空気が二人の間に流れてました。

 「東京駅まで」

と運転手さんに告げると溢れ出す湯水のように、
母の質問は次々と始まったのです。
まるで母と子のブランクと、息子が娘に変わり果てた私へのギャップを
早く埋めなければいけないといった、母の使命感にかられた仕事のように・・・
 
 「いつからそうなったの?」
 「3年前帰ったときは、もうそうだったの?」
 「借金かなんかあってそんなことしてんの?」
 「すきでそんなことしてんの?」

といった具合に。
一つずつ冷静に考える私の顔をミラー越にチラチラ見ている
運転手さんはまるで裁判の傍聴人のような顔をしたり、
気の毒そうに私を見たりしてました。
カーラジオから流れる、子供電話相談室のお姉さんの声は
優しく車内にかすかな音として聞こえてました・・・


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