「カミング・アウト」

暑い日が続きますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?。

さてお盆の季節となりましたが、私たちニューハーフにとって、
里帰りとか、お墓参りとか、無縁の行事のように思います。
その行事を普通に行うためには、
疎遠にしていた肉親へのカミングアウトといった大変な行事を乗り越えなければいけないからです。

世間の男が男であることを、女が女として生まれてきた事を、
当たり前の様に思っているのが大半だと思うのですが、
私達は、男として生まれながら女になりたいといった、いわば特殊な性別がゆえに、
その事を、隠し生きるか、ちゃんと告白して生きるかは、大きな問題なのです。

親、兄弟、友達に自分がゲイであることを告白することは、ものすごく労力を使う作業なのです。
たぶん普通の男女が結婚する時とか、また反対に離婚する時のいろいろな問題を解決する時のパワーと、
比べる事はできないまでも、それ以上にパワーを使うと思うのです。

私の場合4年前のこの時期、今年中にどうしても私に会うと田舎の母から電話があったのです。
あと
10日で50歳になる母にとって、何か考える事でもあるのかしらと、
突然の電話に驚きました。
今まで、引き出しの中にズーっとしまっておいた問題を探し出されたような気分でした。
ニューハーフになって
5年、私の仕事について何一つ触れたことも無く、

気付いているのか、知らないのかさえ私には見当もつかなかったのです。

3年前母が病気で入院した時は、肩まであった髪をバッサリ切りお見舞いに行ったけど、
その時はフリーターの絵描きで通してしまったのです。
‘‘ニューハーフ実家に帰る、、といった番組に何度も誘われ、出演依頼をされても、
どうすることもできず、断り続けてました。

特別悪い事をしているわけでもなく、自分らしく精一杯生きているつもりでも何故か、
親兄弟の問題になるとセンチになってしまうのは何故でしょうか?

顔も体もいじった私にとって、
もうフリーターでもヘビメタのお兄ちゃんでも通用するわけがないのです。
何の前触れも無く、久し振りに会った息子が娘になっていたなんて、
きっとショックに違いない。けど母は、電話では済まない用件だから、
どうしても会って話しがしたい、、、と、きかないのです。
私もどうしていいのか分からず戸惑うばかりでした。

今まで、自分から、告白する勇気もなく通してきたものの、
もう後戻りはできないと色々考えた挙句、母に手紙を出す事にしたのです。
もし、母がこんな姿になっているとも知らず会うのはあまりにも抵抗があったからです。
以下
50歳になる母へ出した一通の手紙です。

暑中お見舞い申し上げます。

暑い日も続き、お体の具合も悪いそうで心配している次第です。

‘‘今月中にどうしても会いたい、、とゆう事で、変な言い方ではありますが、
もう逃げられない状況が来たと思いました。
86日、会うに当たって、
報告しないといけない事があります。特別隠していた訳でもないのですが、
知らないなら知らないでいいこと、分からないなら分からないでいい事だと思い、
今まで来てしまいました。薄々気付いているとは思いますが、
自分は世間で言うニューハーフ、ミスターレディーになってしまいました。

顔も体もいじりました。

話せば長くなるのですが、20歳の時に家を出て、親の援助なく生活し、
ここまで来るのには本当に色々ありました。独りで自立すると強がって、
博多の空港を旅立ったのは、もう
6年も前の事になりました。
今、とにかく言えるのは、人がなんと言おうと自分らしく精一杯いきているという事です。

こんな姿になった自分でも会ってくれるというのなら、是非、東京に来て下さい。
もし、会う気がなくなったのなら正直に言って下さい。
キャンセルしても仕方ないと思っています。
この事は、お母さんの中だけでしまっておいてくれても、家族に報告するのも、
お母さん自身で決めてください。きっと今、触れずにいた色々な問題を、
ちゃんとクリアーしないといけない時期にきていると、自分でも思っています。
もし東京に来てくれるなら、今までの道程を話せる事が出来ると思います。
それを納得してもらおうとは思ってないのですが、
今の自分が、自分にとって一番いい姿で暮らしているのは事実です。
そしてこれからも、貴方の子供としていつまでもいられるのなら、
何もかも捨てた気で、ただ我武者羅に生きていた自分にとって、
心のよりどころを取り戻す様な気がします。

86日、空港で変わってしまった私を見に着て下さい。
そして、私自身、貴方に会う事を不安と期待でお待ちしています。
ギリギリまで、この事を言えなかった私を、お許し下さい。最後にお誕生日おめでとうございました。


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